コラム

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バリュー・プロポジションキャンバスの作り方 手法とポイントを紹介

2022年5月23日

近年、顧客のニーズが多様化するとともに、グローバル化や製造の水平分業化の流れなどにより参入障壁が低くなり、市場には競合が溢れています。そのような中で売り上げを伸ばしていくためには、顧客のニーズに合わせた製品開発と競合との差別化が必要です。

このような状況で役に立つのが、「バリュー・プロポジションキャンバス」というフレームワークです。バリュー・プロポジションキャンバスを作成することで顧客にとって価値のある製品・サービスを考えやすくなります。

本記事では、バリュー・プロポジションキャンバスの概要からメリット、実際の企業の事例をご紹介します。

-目次-

バリュー・プロポジションキャンバスとは?

バリュー・プロポジションキャンバスは、自社の製品・サービスと顧客のニーズのずれを解消するためのフレームワークです。

顧客が製品やサービスにお金を払うのは自分にとって価値があるからです。企業がいくら高性能な製品を生み出したとしても、顧客が価値を感じる物でなければ売れません。

近年、顧客のニーズが多様化してきており、他社と差別化された製品である重要性が高まっています。しかし、ただ差別化すればいいというわけではありません。先述のとおり、顧客は自分にとって価値があると感じるから商品を購入するのです。したがって「顧客にとって価値のある差別化」こそ企業が追い求めるべきことであるのです。

バリュー・プロポジションキャンバスは、一枚の紙(キャンバス)に顧客への提供価値と顧客の2つを描くことで、両者の関係性を可視化します。顧客のニーズとのズレを明らかにし、改善を重ねていくことで「顧客にとって価値のある差別化」に繋がります。

メリット

バリュー・プロポジションキャンバスは、顧客への提供価値と顧客の両者の関係性を可視化します。この特徴から生まれるメリットの3つをご紹介します。

1,企業と顧客が考えるニーズのズレを見出せる

バリュー・プロポジションキャンバスを作ることで、顧客のニーズと自社の提供価値のマッチしていない部分を明らかにすることができます。近年多くの企業でサービスの改善に用いられています。

2,新たな顧客のニーズを発見できる

バリュー・プロポジションキャンバスを作る過程で「顧客の解決したい課題」を明らかにします。この「顧客の解決したい課題」を作成時点で解決できないとしても、他社も同様に解決できていないのであればビジネスチャンスになります。

3,事業の強化ポイントを見つけやすくなる

先述の通り、バリュー・プロポジションキャンバスは顧客のニーズを明らかにします。このニーズに対し、自社のリソースで対応できるのであればより多くの投資をするという判断ができます。自社のリソースで対応できないのであれば、投資を強化するか別の市場を狙うといった判断をしやすくなります。

バリュー・プロポジションキャンバスの作り方

ターゲットを設定する

どのような顧客に対し製品・サービスを提供するかを決めます(図の①にあたります)。都会に住んでいるサラリーマンといったようなざっくりとしたターゲットでも問題ありませんが、より具体的なペルソナを設定するとより精度を高められます。ペルソナの作成方法については以下の記事で説明してあります。詳細にバリュー・プロポジションキャンバスを作り込みたい方は一読されることをお勧めします。

顧客が持つニーズを挙げる

ターゲット顧客のニーズを洗い出します。ニーズは以下の3要素に分けて考えます。

図の②:顧客が解決したい課題

図の③:顧客の利得

図の④:顧客の悩み

まずは、顧客が解決したい課題について考えます。課題とは顧客がやりたいこと(やらなければならないこと)です。

例えば、牛丼屋に行く顧客の多くがやりたいことは、おそらく「お腹を満たすこと」でしょう。

次には顧客の利得と顧客の悩みについて考えていきます。この利得と悩みは顧客が解決したい課題に取り組む上で発生するものについて考えます。

先ほどの牛丼屋の例だと、お腹を満たすためには、自炊したり高級レストランに行ったりと様々な方法があります。それでも牛丼屋に向かうのはその人にとって「安く済ませられる」という利得と「調理するのがめんどくさい」という悩みの両方を解消できるからです。この「安く済ませられる」という利得があることと、「調理するのがめんどくさい」という悩みを解消できることが顧客にとっての牛丼屋の価値なのです。

顧客に提供できる価値を考える

顧客のニーズを明確にした後は、顧客に提供する価値を考えます。顧客に提供する価値は以下の3つの視点で考えます。

図の⑤:顧客の利益をもたらすもの

図の⑥:顧客の悩みを取り除くもの

図の⑦:商品やサービス

⑤顧客の利益をもたらすものには、③顧客の利得を提供するために必要な企業側の行動・施策を記載します。

⑥顧客の悩みを取り除くものには、④顧客の悩みを解決するために必要な企業側の行動・施策を記載します。

⑦商品やサービスでは⑤顧客の利益をもたらすものと⑥顧客の悩みを取り除くものの両方を兼ね備えた製品やサービスを考えます。

⑧顧客への提供価値を⑤〜⑦を踏まえて定義します。

吉野家の歴史から見るバリュー・プロポジションキャンバス

バリュー・プロポジションの理解をさらに深めて実務に活かしていただくために具体例をご紹介します。本記事では、吉野家の歴史を事例としてご紹介します。

吉野家は創業120年以上の歴史があり、その中で牛丼という発明をし世界一の牛丼チェーンになった栄光と一度倒産をしてしまった暗い過去を持ち合わせています。吉野家の成功と失敗、そしてその後の復活の理由をバリュー・プロポジションと共に紐解いていきます。

「うまい、やすい、はやい」はバリュー・プロポジションの見直しを徹底した結果

「うまい、やすい、はやい」ーこれは吉野家のキャッチフレーズです。しかし、読者様の中には「はやい、うまい、やすい」などの別のフレーズが浮かんだ方もいらっしゃるのではないでしょうか(筆者は「はやい、うまい、やすい」でした)。

実は人によって認識が異なるのには理由があります。吉野家はその歴史の中で、顧客ニーズに合わせて「はやい」・「やすい」・「うまい」の順番を入れ替えており、時期によってキャッチフレーズが異なるのです。

キャッチフレーズにはその会社の提供する価値が現れます。吉野家のように複数の価値を提示している場合は、その記載順が訴求したい価値の順番になります。キャッチフレーズの変化から顧客ニーズに合わせて自社の提供価値を変えてきた歴史ーつまりバリュー・プロポジションの見直しを繰り返してきたことがわかります。

前置きが長くなりましたが、吉野家の歴史をバリュー・プロポジションキャンバスと共に見ていきましょう。

※以下、吉野家HPからの抜粋を含みます。

「はやい、うまい」の時代

1899年ー東京・日本橋の魚市場で吉野家が誕生しました。そこで働く職人たちに対して「牛めし」を提供していました。牛めしは焼き豆腐や筍など様々な具材が入った豪華な食事でした。その後、関東大震災をきっかけに魚市場が築地に移転となり、吉野家も築地に移転します。

そして、1958年に吉野家は株式会社になります。この際、お客様は牛肉を食べたくて吉野家に来ていると考え、具材を牛肉と玉ねぎだけにしたシンプルな製品「牛丼」の提供を開始しました。また、大鍋の対流を利用して、煮ながら盛り付ける調理の形を確立しました。そして吉野家は「はやい、うまい」というモットーを掲げるようになります。

このことをバリュープロポジションマップに当てはめて整理すると以下の様になります。

①ターゲット顧客 ー築地の魚市場の職人

②顧客が解決したい課題 ー短い時間で美味しいものを食べる

③顧客の利得 ー牛肉を食べる

④顧客の悩み ー食事の時間がない

⑤顧客の利益をもたらすもの ー具材を減らす(焼き豆腐と筍をやめた)

⑥顧客の悩みを取り除くもの ー高効率なオペレーション(大鍋の対流を利用して、煮ながら盛り付ける)

⑦商品やサービス ー牛肉と玉ねぎだけのシンプルな「牛丼」

⑧顧客への提供価値 ー「はやい、うまい」

吉野家の「はやい、うまい」という提供価値が魚市場の職人の求める価値と一致したことで吉野家は築地の人気店になりました。

「はやい、うまい、やすい」の時代

一躍、築地の人気店になった吉野家はその味にさらに磨きをかけるためにタレを店舗で調合する様になりました。そして社長自らタレを作るのに最適なワインを求めて毎週山梨まで出かけていました。

そうしているうちに年商1億円を突破し、1968年にチェーン展開を開始しました。1970年から米国産の牛肉を混ぜる様になりました。この頃には吉野家のターゲットは築地の職人から都市部のサラリーマンに変わります。そしてついにキャッチフレーズに「やすい」が加わることになります。

①ターゲット顧客 ー都市部のサラリーマン

②顧客が解決したい課題 ー手軽に美味しく食事を済ませたい

③顧客の利得 ー美味しい牛肉を食べる

④顧客の悩み ー食事の時間がない・牛肉が高い

⑤顧客の利益をもたらすもの ータレを自社製造・自社で畜産を開始

⑥顧客の悩みを取り除くもの ー高効率なオペレーション・牛肉の輸入を開始

⑦商品やサービス ー「外国産の牛を混ぜた牛丼」

⑧顧客への提供価値 ー「はやい、うまい、やすい」

吉野家の「はやい、うまい、やすい」という提供価値が都心部のサラリーマンの求める価値と一致したことで売上はどんどん増え、1978年には200店舗を突破します。

「はやい」だけの時代

順調かの様に見えた吉野家の経営にも暗雲が立ち込めます。

1979年ー時代は牛肉輸入完全自由化以前。吉野家が確保できる牛肉の量では、全店舗の牛肉を賄えなくなってきました。そこでこれまでの牛肉に、自由に輸入できるフリーズドライの牛肉(不評)をブレンドすることを決定しました。

また、それでも牛肉の調達が間に合わなくなり、顧客の来店頻度を減らしかねない牛丼の値上げを実施しました。

つまり吉野家の牛丼は「はやい、うまい、やすい」から「うまい、やすい」を無くして、「はやい」だけの牛丼になったのです。

①ターゲット顧客 ー都市部のサラリーマン

②顧客が解決したい課題 ー手軽に美味しい食事を済ませたい

③顧客の利得 ー美味い牛肉を食べる

④顧客の悩み ー食事の時間がない、牛肉をお手軽に食べたい

⑤顧客の利益をもたらすもの ーフリーズドライの牛肉を混ぜる

⑥顧客の悩みを取り除くもの ー高効率なオペレーション・値上げ

⑦商品やサービス ー「早く提供されるあまり美味しくない牛丼」

⑧顧客への提供価値 ー「はやい」

顧客の求める手軽に安くて美味しい牛丼を食べたいというニーズを満たせなくなりました。売上が減ったことに加えて急速な店舗展開による資金繰りの悪化により、1980年吉野家は倒産しました。

「うまい、はやい、やすい」の時代

倒産を機に、従業員たちは「牛丼がうまくなくなったら、お客様は離れてしまう」と身をもって実感しました。そこで本来の吉野家の味を取り戻すために、不評だったフリーズドライ牛肉をやめました。

倒産の失敗から吉野家のキャッチフレーズは「うまい」を「はやい」より重要視する「うまい、はやい、やすい」になりました。

①ターゲット顧客 ー都市部のサラリーマン

②顧客が解決したい課題 ー手軽に美味しい食事を済ませたい

③顧客の利得 ー美味い牛肉を食べる

④顧客の悩み ー食事の時間がない、牛肉をお手軽に食べたい

⑤顧客の利益をもたらすもの ー今までのクオリティーの牛肉へ変更

⑥顧客の悩みを取り除くもの ー高効率なオペレーション・価格を戻す

⑦商品やサービス ー「今までの吉野家の牛丼」

⑧顧客への提供価値 ー「うまい、はやい、やすい」

「はやい、うまい、やすい」という提供価値が顧客の心をとらえた結果、顧客が戻ってきました。そして1991年に牛肉の輸入が自由化され、吉野家の出店が加速します。

「うまい、やすい、はやい」の現在へ

2001年ー顧客が求める「やすさ」に適応するために価格改訂を実施しました。

牛丼並盛は400円から280円になりました。「うまい」と「やすい」を両立させるために店舗・本部・仕入れなどで様々な改革を実施しました。

2005年ーそして吉野家はキャッチフレーズを「やすい」を「はやい」より重要視する「うまい、やすい、はやい」に変更しました。

①ターゲット顧客 ー都市部のサラリーマン

②顧客が解決したい課題 ー手軽に美味しい食事を済ませたい

③顧客の利得 ー美味い牛肉を食べる

④顧客の悩み ー食事の時間がない、牛肉をもっとお手軽に食べたい

⑤顧客の利益をもたらすもの ー店舗・本部・仕入れ改革

⑥顧客の悩みを取り除くもの ー高効率なオペレーション・大幅値下げ

⑦商品やサービス ー「280円の牛丼」

⑧顧客への提供価値 ー「うまい、やすい、はやい」

吉野家の「うまい、やすい、はやい」という提供価値は今もなお顧客の心をとらえています。そしてさらに顧客のニーズを満たすべく、吉野家の牛丼の進化は続いていきます。

まとめ

以上、バリュー・プロポジションキャンバスのメリットや作り方、具体的な企業の事例までご紹介しました。

バリュー・プロポジションキャンバスは顧客にとって価値のあるものを考える上では非常に役に立ちます。しかし、吉野家の事例でも見ていただけたように、企業が売り上げを上げるためには、一度バリュー・プロポジションキャンバスを作るだけでは不十分です。顧客ニーズの変化や社会の情勢に合わせて、バリュー・プロポジションキャンバスは見直し続ける必要があります。

皆様もバリュー・プロポジションキャンバスを作成いただき、その効果を実感してみていただけたらと思います。

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